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目撃者W.C.


大切な気づきのほとんどはトイレの中、お風呂の中、電車の中、の順で起きると相場が決まってをります。



去年の冬、セラピストの修了式で "アーユルヴェーダファミリーへようこそ" と先生が手首に結んでくれた白い糸の輪っかがとれた。

切れたのではなく、結び目がゆるんで、するするとほどけていった。

いつ、どこで?
昨日、会社のトイレで。


結ばれてから4ヶ月、真っ白だった糸はだんだん汚れて、最後の方は捨て犬みたいな色になってたけど、
それでも毎日私のモチベーションをしっかり支えてくれた。
どうもありがとう。

今日一日フリーな手首で過ごして、

そして、今夜また右手首に糸を結んだ。

自分を応援してくれる優しいオレンジ色。

とりあえず5月のWSに向けて、がんばるゾ。

がんばれ私、癒せよ私!



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by damekochan | 2015-03-19 22:17 | アーユルヴェーダ

白に一を足して百と書き、"白紙に返って一より始める"と読む

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Kagamiike-Togakushi



百とは『物事をいちどまっさらにもどすこと』。
白に一を足して百と書き、"白紙に返って一より始める"と読む。


‥という文章が、熊本の神社のWebsiteにのっていた。

歴史も、組織も、日々の生活も、なにごとも百の区切りでいちどまっさらに。
百をめざして頑張って、百になったらリセットして、そしてまた次の百に挑戦すると。


へぇぇ
そういう意味があるの


百年は私には長いから、百日を考えてみる。

元旦から数えても、旧正月からでも、誕生日からでも、百日の区切りは1年間で3回しかこないのか。

百日って、ぼんやり過ごすとあっという間。
怒濤の日々も、苦しくて今自分はどこにいるのかと思っても、百日も続けば結局のところ尽き果てる。

短くても、なかなか過ぎなくても、百日。


そして百日経ったら、まっさらに?

白紙に返るって、何も無かったことにするんじゃなくて、百の時点での自分の心と頭の
偏りを戻すこと

かな?

頑張りすぎたり 怠けすぎたり バランスがおかしくなったところを正して、自分の内面と
外界を調和させ、整体すること

かな?

生活の中で、心と体のどっちを無理させがちかって、それこそ人それぞれだけど、どちらにしても
無理を続けていけば心や体、人間関係が病んでいくもの。

それなら、百日を区切りと決めて、区切り毎に自分の姿を見て、なにか変だったら、思いきって
軌道修正してみる。そしてまた新しい百日を生きる。

そういう単位で日々を捉えてみるのもいいかもしれない。

と思って、今日から、元旦と誕生日の両方から百日の区切りを意識して過ごしてみることにする。



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by damekochan | 2015-03-12 20:38 | ただの日記- diary